Netflix韓国ドラマ『恋は飴模様』を見て、「なぜ“飴模様”というタイトルなの?」「韓国語の原題にはどんな意味がある?」と気になった人も多いのではないでしょうか。
実は、韓国語の原題を知ると、日本語タイトルから受ける甘くかわいらしい印象とは少し違った意味が見えてきます。ポイントは、韓国の伝統的な飴を指す「엿(ヨッ)」という言葉です。
「엿」は甘く粘り気のある食べ物ですが、「엿같다」という表現になると「最悪だ」「ひどい」といった強いニュアンスも持ちます。『恋は飴模様』のタイトルには、この正反対ともいえる二つのイメージが重ねられています。
- 『恋は飴模様』の韓国語の原題と意味
- タイトルの「飴」に込められた二重の意味
- 原題とテハ・ウンセの恋愛がどうつながっているのか
恋は飴模様のタイトルの意味を韓国語の原題から読み解く
『恋は飴模様』という日本語タイトルだけを見ると、飴のように甘い恋愛を想像しやすいでしょう。
ところが、韓国語の原題には「甘い恋」だけでは説明できない意味があります。まずは原題を構成する言葉を整理すると、タイトルに仕掛けられた言葉遊びが分かりやすくなります。
| 韓国語 | 読み方の目安 | 意味・ニュアンス |
|---|---|---|
| 이런 | イロン | こんな、このような |
| 엿 | ヨッ | 韓国の伝統的な飴 |
| 엿같은 | ヨッカトゥン | 文脈によって「最悪な」「ひどい」などの強い表現 |
| 사랑 | サラン | 愛、恋 |
韓国語の原題「이런 엿같은 사랑」はどう訳せる?
『恋は飴模様』の韓国語の原題は「이런 엿같은 사랑」です。
「이런」は「こんな」、「사랑」は「愛・恋」を意味します。タイトルを理解するうえで重要なのが、その間に入る「엿같은」です。
「엿」は韓国の伝統的な飴を指し、「같은」には「〜のような」という意味があります。そのため、言葉の形だけを見れば「こんな飴のような恋」と読むこともできます。
しかし、「엿같다」は会話では「最悪だ」「ひどい」「ろくでもない」といった、不快感や苛立ちを表す強い表現として使われます。
そのため「이런 엿같은 사랑」には、「こんな飴みたいな恋」という意味と、「こんな最悪な恋」というニュアンスの両方を重ねて読むことができます。
「恋は飴模様」という柔らかな邦題だけでは見えにくい、少し毒のある言葉遊びが原題には隠れています。
「엿같은(ヨッカトゥン)」が持つ強烈なニュアンスとは?
「엿같은(ヨッカトゥン)」のポイントは、単純に「飴のような」と訳すだけでは原題の面白さが伝わらないことです。
キム・ジャンハン監督は、タイトルについて「엿같다」という表現そのものの印象に注目したことを明かしています。また、記憶を失ったウンセが目を覚ました状況も、彼女の立場からすれば「最悪」と感じるような状態としてタイトルにつながっています。
ウンセは自分が誰なのかも分からない状態で目を覚まし、そこへチャン・テハが現れて自分を「彼氏」だと名乗ります。
記憶がないウンセには、その言葉が本当なのか判断する材料もありません。
タイトルの「엿같은」は、恋愛そのものを否定しているというより、まずはウンセが放り込まれた混乱した状況を表す言葉として見ると分かりやすいでしょう。
日本語タイトルが「恋は飴模様」になった理由を考察
日本でのタイトルは『恋は飴模様』です。
韓国語の「엿같은」が持つ強い否定的なニュアンスを直接訳すのではなく、「엿=飴」というモチーフを残した邦題になっています。
邦題が決定された具体的な経緯は公表されていません。そのため断定はできませんが、ロマンティックコメディとしての雰囲気を保ちながら、「엿」の甘さや粘り気を日本語で印象的に伝えるために「飴」が使われた可能性があります。
また、物語では「엿」が単なるタイトル上の言葉遊びにとどまらず、ウンセが目を覚ます土地の風景にも関わっています。
原題の刺激的なニュアンスをそのまま日本語にするのではなく、作品の世界観を象徴する「飴」を前面に出したのが『恋は飴模様』というタイトルだと考えられます。
恋は飴模様の「飴」に込められた二重の意味
『恋は飴模様』の「飴」を理解するポイントは、「甘さ」と「最悪な状況」を別々に考えることです。
原題では一つの「엿」という言葉を軸に、この二つの意味が重なっています。さらに、飴特有の粘り気まで登場人物の関係を連想させる仕掛けになっています。
「엿(ヨッ)」は韓国の伝統的な飴
「엿(ヨッ)」は、韓国で古くから親しまれてきた伝統的な甘味です。
作品の中でも「엿」は重要なモチーフになっており、ウンセが目を覚ます場所には飴工房が並んでいます。
つまり、タイトルに「飴」が使われているのは、単に「恋愛=甘い」というイメージを出すためだけではありません。
「엿」には甘さに加えて粘り気があります。その特徴は、偶然のように始まりながら次第に深く絡み合っていくテハとウンセの関係とも重なります。
甘いだけならキャンディーでも表現できます。「엿」だからこそ、“粘って離れない”というもう一つのイメージが加わります。
「엿같다」には「最悪」「ひどい」という意味もある
もう一つ重要なのが、「엿같다」という言い回しです。
これは日常会話ではかなり強い表現で、「最悪だ」「ひどい」「ろくでもない」といった不満を表す際に使われます。
原題の面白さは、食べ物としては甘い「엿」が、別の表現ではまったく甘くない意味になる点です。
ウンセにとって物語の始まりは、自分の記憶も身元も分からないという深刻な状況です。その中で突然現れた男性から「自分は恋人だ」と言われても、素直にロマンチックな出来事として受け止められるはずはありません。
この「最悪な状況」という意味があるからこそ、タイトルの「飴」が単なるかわいい言葉ではなくなっています。
甘くて粘りつく恋と最悪な状況を重ねたタイトル
ここまでを整理すると、原題には大きく三つのイメージが含まれています。
- 「엿」という食べ物が持つ甘さ
- 「엿」の粘り気から連想される離れにくさ
- 「엿같다」が持つ「最悪」「ひどい」という意味
これらが一つのタイトルの中でテハとウンセの恋に重ねられています。
物語のスタート地点はウンセにとって厄介で混乱したものですが、その状況で始まった2人の関係は次第に簡単には切り離せないものになっていきます。
「最悪」から始まり、「甘さ」へ変化し、さらに「粘りつく」ようにつながっていく。
原題「이런 엿같은 사랑」は、そんな恋の流れを短い言葉の中に収めたタイトルといえるでしょう。
タイトルの意味がわかると恋は飴模様がもっと面白い
原題の意味を知ると、『恋は飴模様』というタイトルが単なるロマンティックな表現ではないことが分かります。
特に注目したいのは、タイトルの意味がストーリーの展開や2人の関係そのものと結びついている点です。意味を知ったうえで見ると、「飴」というモチーフの印象も変わってきます。
記憶を失ったウンセにとっては「最悪」から始まる恋
ウンセは有能な検事でしたが、ある出来事をきっかけに記憶を失います。
名前や年齢、職業さえ分からない状態で目を覚まし、そこへテハが「彼氏」を名乗って現れます。
一般的なラブストーリーなら、運命的な出会いは胸がときめく場面として描かれることが多いでしょう。しかしウンセの場合、自分の状況さえ理解できないところから始まります。
そのため、彼女の視点では「甘い恋の始まり」というより、「なぜこんなことになったの?」という戸惑いの方が先に来ます。
原題の「엿같은」が持つ「最悪」というニュアンスは、この物語の出発点と重なっているのです。
離れようとしても離れられない2人を「飴」が表している
一方、物語が進むにつれて効いてくるのが「엿」の粘り気です。
記憶を失ったウンセと、自分を彼氏だと名乗るテハ。最初から自然に結ばれたカップルではありませんが、同じ時間を過ごすうちに2人の関係は少しずつ変化していきます。
ここでは「飴=甘い恋」とだけ考えるより、「一度くっつくとなかなか離れない」という特徴に注目すると、タイトルとのつながりが見えやすくなります。
テハとウンセの関係は、事情や秘密を抱えながらも互いに強く関わっていきます。
「恋は飴模様」の“飴”には、胸がときめく甘さだけでなく、簡単には切れない2人の縁も表れていると考えられます。
甘さだけではない物語の「甘辛さ」がタイトルに表れている
『恋は飴模様』はロマンティックコメディですが、物語にはテハの過去やウンセに関係する出来事など、恋愛だけでは片づけられない要素も登場します。
そのため、作品全体も最初から最後まで甘い雰囲気だけで進むわけではありません。
ときめく場面がある一方で、不安や疑い、明らかになっていない事情も絡んできます。
この振れ幅を知ると、日本語タイトルの「飴模様」という言葉も違って見えてきます。
「甘い」「粘る」「最悪」という原題の複数のイメージが重なることで、単純な胸キュン作品ではない『恋は飴模様』らしいタイトルになっているのです。
まとめ
『恋は飴模様』の韓国語の原題は「이런 엿같은 사랑」です。
タイトルの鍵となる「엿(ヨッ)」は韓国の伝統的な飴で、甘さと粘り気を持っています。一方、「엿같다」という表現には「最悪だ」「ひどい」といった強いニュアンスがあります。
つまりタイトルには、記憶を失ったウンセが置かれた「最悪ともいえる状況」と、そこから始まり次第に甘く、簡単には離れられなくなっていくテハとの関係が重ねられています。
『恋は飴模様』の「飴」は、ただ甘い恋を表した言葉ではありません。原題を知ることで、甘さ・粘り気・厄介さが同居する2人の恋そのものを象徴したタイトルだと分かります。
